【ドイツ:帝国党大会会場文書センター】ナチスにまつわるニュルンベルクの歴史

ニュルンベルクという名前は「ニュルンベルク法」で聞いたことがある方はいるのではないでしょうか。ニュルンベルク法とは、ヒトラー率いるナチ党によって制定された、ユダヤ人が政治等に参加する権利(公民権)を無くす法律でした。

この法律の制定後、ユダヤ人への迫害が強化され、最終的にはユダヤ人の虐殺にまで発展することになりました。そのため、悪名高き法律として「ニュルンベルク法」は今日でも有名なのです。

そして、その「ニュルンベルク法」が制定された場所が、ニュルンベルクにあるナチ党の党大会会場でした。今は文書センターとしてミュージアムになっています。その場所について紹介したいと思います。

帝国党大会会場文書センターの全体感
  • 所要時間:1.5時間
  • おすすめ度:★★☆

帝国党大会会場文書センター (Documentation Center Nazi Party Rally Grounds)

ミュージアムについて

このミュージアムの場所は、ナチ党の党大会会場の敷地にできただけあり、湖を含めかなり広大な敷地です。今も残っている建物は少ないのですが、その一部がミュージアムとなっています。

現在は改装中とのことで、常設展示とは違う場所と内容の展示でした。旧ゴングレスホールの一部で、体育館のような広さの場所に、ナチ党に関するポスターや展示物が陳列されていました。

展示は全てドイツ語と英語が併記になっています。おかげで、ドイツ語ができなくても、理解することができました。

展示物から学んだこと

一部の展示物の写真とそこにあった説明から学んだことを紹介します。

ナチ党ができたのは1920年。当時のドイツは第一次世界大戦の敗戦による傷跡と、戦勝国に対する賠償金支払いのために困窮していました(2010年にやっと支払い終わった)。生活が苦しい人々は、次第に反ユダヤ主義の思想に染まるようになりました。

1929年についに世界恐慌が起こりました。多くの企業が倒産し、ドイツ国内はにっちもさっちも行かなくなりました。追い込まれた人々は、強いカリスマ性を感じたナチ党のヒトラーを支持するようになりました。

カリスマ性を人々が感じた一つに、ナチ党はプロパガンダ(政治的な宣伝)に長けていたというのがあります。ポスター、ラジオ、映画等を巧みに使い、人々に訴えかけたのです。

そして1933年、ついにヒトラーが首相になり、ナチ党の一党独裁政治が始まりました。ナチス・ドイツの始まりです。ここから反ユダヤ主義が加速することになります。

1935年、ニュルンベルク法が党大会会場にて、群衆の前で発表されました。ユダヤ人に対する差別は思想の域だったのが、法的に容認されるようになったのです。ユダヤ人の公民権が剥奪されたのです。

その後、ユダヤ人の大量虐殺に発展していくのは周知のところです。このミュージアムはナチ党の歴史に特化した展示でしたので、そこについては特段展示がありませんでした。

アウシュビッツに行った時の記録もあるので、ご興味がある方はこちらをご参照ください↓

ポーランド:アウシュビッツ ~歴史と向き合う場所~

ツェッペリントリビューネ(Zeppelinfeld)

上の写真のヒトラーのスピーチの場所は、同じ敷地の中に今でも残されています。ミュージアムから20分程、湖をぐるっと周った所に位置しています。 「ツェッペリントリビューネ 」と呼ばれる場所です。

ここは公園の一部なので、無料で入ることができます。ダムにでもありそうなただの白いコンクリート壁に見えます。しかし、この上でヒトラーが群衆に向かってスピーチしていた写真を見比べると、背筋がぞくっとします。

元々は、この白い壁のてっぺんにナチスの卍が飾られていました。

それは終戦直後、アメリカによって爆破されました。ナチスの終わりを世の中に示すためでした。

アドバイス

湖沿いの遊歩道で気持ち良いですが、歩くのが億劫な方には電動キックボードがお勧めです。周囲にたくさん設置されています。

ドイツのシェアリング電動キックボード

以上が、帝国党大会会場文書センター及び ツェッペリントリビューネ の紹介です。ニュルンベルクに来た際は是非立ち寄ることをお勧めします!

なお、ヒトラー及びナチスに関する観光としては、ドイツの南の方にある「ケールシュタインハウス」もお勧めです↓

ドイツ:ケールシュタインハウス ~ヒトラーの別荘~

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